21 帰国の途について
ようやくのアナウンスで小型機に乗り込もうと外へ出て、乗客の列に紛れて歩く。いつからか雨が降っている。なるほどフライトの遅れは悪天候によるものだったか。海外ではどうしても言葉が不自由だから情報が不足しがちだ。しかし悪天候でのフライトとなると、飛行機嫌いの人間にはつらい。行きと同様、景色を楽しむ余裕はなさそうだ。数時間遅れでようやく離陸したものの、予想は的中、シートベルト装着ランプは灯りっぱなしで機体はグラングラン。これじゃまるで絶叫マシーンじゃないか。ミュンヘンまでの一時間強がずいぶん長く感じた。おかげさまで機内でのことは、ほとんど何も覚えていない。ただ怯えて座っていただけだ。
何とかたどり着いたミュンヘンは、今日も雨。上空は荒れていたのに、地上はしとしと小雨。機体のエンジン付近では、雨が蒸発して湯気が上がっている。濡れた路面を歩いて航空会社のカウンターへ。大幅に遅れてしまったから、とっくにあきらめていた今夜の成田行きだったけど、こちらは朗報、待っていてくれたみたいで何とか接続できた。辛いのは、煙草を吸う暇もなくロングフライトにいどまなければならないことくらいか。成田までの所要時間は12時間弱。到着予定は、日本時間で夕方4時前後の予定だ。
何とか無事帰国の途について、離陸待ちの座席にもたれかかる。肩の力が抜けて、ようやく気持ちが落ち着くのを感じた。ゆったりビールでも飲むとしよう。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-31
2011.03.31 イストラ半島紀 20:アウェイ感
20 アウェイ感
フライト待ちの空港ロビーで、特に何をということもなく待ち時間を過ごす。ザグレブ空港は特に興味深いショップがあるわけでもないし、旅の土産を大量購入する柄でもないから時間を持て余してしまう。ふらふらしていたらよくあるブランド品のセレクトショップがあったから、ブランコが愛用していた様な大き目のサングラスを買おうと物色した。これも一つ、旅の思い出になればいいと、レイバンを一つ奮発。確かブランコのレンズは真っ黒だったけど、黒髪の自分にも似合うように茶色のレンズのものをチョイスした。レンズの色以外はブランコ仕様、ザグレブ流だ。さっそく装着して今度はお菓子などの食料品が並ぶゾーンにやってきて、こちらは買う気もないのに物色した。子どものころから思っていたけど、海外のお菓子のパッケージからは、気品を感じない。どこか大味で、購買意欲をそそらない。味も含めて、日本の繊細な感覚は、世界に誇れるような気がする。そんなことを考えていたら、なんだか日本が恋しくなってきた。
残念なニュースはその直後に入った。決して珍しいことではないのだろうけど、ミュンヘン行きの便が大幅に遅れるという。ルフトハンザ航空の説明では、夕方のミュンヘン発成田行きの便に乗れるかは、行ってみないとわからないらしい。お菓子から始まる故郷への思いで、センチメンタルになっていた心は、何とか持ちこたえているけど、正直しんどい。そんなタイミングでたたみかける様に、軍服のクロアチア兵が集団で前を歩いて行くから、アウェイ感はピーク値付近で大揺れだ。こちらがひるめば、その妙に冷静で鋭い視線にロックオンされそうな雰囲気がある。ブランコ仕様の大きめのサングラスが、幾分動揺を隠してくれたのは唯一の救いかもしれない。それにしても、鍛え上げられたがたいと軍服の組み合わせには、異様な威圧感があるもので、いざという時には命をかけなければならない軍人には申し訳ない気もするけど、とてもじゃないがいい見た目ではない。
旅も大詰め、帰国の空港ロビーにて、母国日本との距離感がつかめない。
つづく
Mateo=Rich
フライト待ちの空港ロビーで、特に何をということもなく待ち時間を過ごす。ザグレブ空港は特に興味深いショップがあるわけでもないし、旅の土産を大量購入する柄でもないから時間を持て余してしまう。ふらふらしていたらよくあるブランド品のセレクトショップがあったから、ブランコが愛用していた様な大き目のサングラスを買おうと物色した。これも一つ、旅の思い出になればいいと、レイバンを一つ奮発。確かブランコのレンズは真っ黒だったけど、黒髪の自分にも似合うように茶色のレンズのものをチョイスした。レンズの色以外はブランコ仕様、ザグレブ流だ。さっそく装着して今度はお菓子などの食料品が並ぶゾーンにやってきて、こちらは買う気もないのに物色した。子どものころから思っていたけど、海外のお菓子のパッケージからは、気品を感じない。どこか大味で、購買意欲をそそらない。味も含めて、日本の繊細な感覚は、世界に誇れるような気がする。そんなことを考えていたら、なんだか日本が恋しくなってきた。
残念なニュースはその直後に入った。決して珍しいことではないのだろうけど、ミュンヘン行きの便が大幅に遅れるという。ルフトハンザ航空の説明では、夕方のミュンヘン発成田行きの便に乗れるかは、行ってみないとわからないらしい。お菓子から始まる故郷への思いで、センチメンタルになっていた心は、何とか持ちこたえているけど、正直しんどい。そんなタイミングでたたみかける様に、軍服のクロアチア兵が集団で前を歩いて行くから、アウェイ感はピーク値付近で大揺れだ。こちらがひるめば、その妙に冷静で鋭い視線にロックオンされそうな雰囲気がある。ブランコ仕様の大きめのサングラスが、幾分動揺を隠してくれたのは唯一の救いかもしれない。それにしても、鍛え上げられたがたいと軍服の組み合わせには、異様な威圧感があるもので、いざという時には命をかけなければならない軍人には申し訳ない気もするけど、とてもじゃないがいい見た目ではない。
旅も大詰め、帰国の空港ロビーにて、母国日本との距離感がつかめない。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-24
2011.03.24 イストラ半島紀 19:片言なやつら
19片言なやつら
荷物はそれほど多くないから荷造りには時間はかからない。もう少しするべきことがあれば気もまぎれるのに、最終日の朝は、なんだか名残惜しい気持ちでやや切ない。特にすることもないし、町へ出かけるほど時間もないから、ホテルの窓枠に体ごと納まって外を眺めている。ザグレブに来てから一日として爽快に晴れた日はなかったけど、今日の空もあいにくさま。曇りのち曇りといったところか。真下に見えるスケートリンク設置現場は、少しずつ全体像が見えてきている。スポンサー企業の広告が掲げられているから、完成が近いのだろう。でもこんな天気だから、元気に遊ぶ子供たちの笑顔までは浮かばない。やはり最終日独特のもの悲しさが、見る景色をも支配しているようだ。
初日のクラーゲンフルトでは遅刻してきたブランコなのに、今日は予定通り。スーツケースを積み込んでくれる姿が感情を刺激する。郊外の空港へ向かう車内もこれまでとは少し違う雰囲気で、何を話していいのかわからない。スプリットへ向かっていた海岸線同様の沈黙が続いていたけど、空港近くのTOYOTAのディーラーの前を過ぎるとき、指をさしてなにやらよくわからない日本語を叫んでいるブランコの姿が、とても温かく、楽しい気持ちにさせてくれた。本当にいいヤツだ。そう思った。
ザグレブ空港のターミナル。友人ブランコに別れを告げて、振り向かないつもりでいたはずなのに。
結局最後に振り向いて、午前中、ひそかに覚えた片言でつぶやいておいた。
フヴァラ ヴィディモセ (※ありがとう、また会おう)
つづく
Mateo=Rich
荷物はそれほど多くないから荷造りには時間はかからない。もう少しするべきことがあれば気もまぎれるのに、最終日の朝は、なんだか名残惜しい気持ちでやや切ない。特にすることもないし、町へ出かけるほど時間もないから、ホテルの窓枠に体ごと納まって外を眺めている。ザグレブに来てから一日として爽快に晴れた日はなかったけど、今日の空もあいにくさま。曇りのち曇りといったところか。真下に見えるスケートリンク設置現場は、少しずつ全体像が見えてきている。スポンサー企業の広告が掲げられているから、完成が近いのだろう。でもこんな天気だから、元気に遊ぶ子供たちの笑顔までは浮かばない。やはり最終日独特のもの悲しさが、見る景色をも支配しているようだ。
初日のクラーゲンフルトでは遅刻してきたブランコなのに、今日は予定通り。スーツケースを積み込んでくれる姿が感情を刺激する。郊外の空港へ向かう車内もこれまでとは少し違う雰囲気で、何を話していいのかわからない。スプリットへ向かっていた海岸線同様の沈黙が続いていたけど、空港近くのTOYOTAのディーラーの前を過ぎるとき、指をさしてなにやらよくわからない日本語を叫んでいるブランコの姿が、とても温かく、楽しい気持ちにさせてくれた。本当にいいヤツだ。そう思った。
ザグレブ空港のターミナル。友人ブランコに別れを告げて、振り向かないつもりでいたはずなのに。
結局最後に振り向いて、午前中、ひそかに覚えた片言でつぶやいておいた。
フヴァラ ヴィディモセ (※ありがとう、また会おう)
つづく
Mateo=Rich
2011-03-22
2011.03.22 イストラ半島紀 18:ワインに木製オーナメント(後編)
18 ワインに木製オーナメント(後編)
ホテルに戻ると、迎えのブランコがもう来ている。玄関の外れにルノーが停まっているからすぐに分かる。ワインをとりに急いで部屋へ上がって、そのまま流れ込むように車に乗り込んだ。ブランコのルノーは、複雑な市街地を迷うことなく進む。さすがにスピードは控えめだけど、ホームグラウンドならではの軽快さがあった。20分ほどで到着。ザグレブ北西部にある住宅地。こちらでは新市街の民家でも、どことなしにクラッシックな雰囲気があってなかなかいい。素敵な笑顔で明るく迎えてくれたのはブランコの母シルヴァと、ガールフレンドのミラだ。二人はとても仲がいい。今日の料理もいっしょに作ったのだという。テーブルにはすでにたくさんの料理が並んでいる。タイミングを失ってはいけないと、ワインを取り出しブランコに渡すと、みなとても喜んでくれた。そしてもう一つ、さっき選んできたオーナメントを取り出して、ワインボトルの首に掛けると、小さくわいた。ブランコが促して、全員がテーブルにつきワインを注ぐ。友人家族と過ごす、クロアチアでの最後の夜が始まった。
会話の中心はミラだった。好奇心旺盛に質問してくる。家族のこと、仕事のこと、将来のこと。そしていつかブランコと結婚して、日本へ遊びに行きたいと言っていた。その時は車で日本中を案内すると約束した。一方でシルヴァは、口数は少ないけど所々で気遣ってくれて、息子のように接してくれた。日本に限らず世界中の男子がマザコン傾向にあるのも無理のない話だ。クロアチアの母にも、元気で長生きしてもらいたいと、心から思った。
食事も一段落して部屋を見渡すと、奥の壁に一本のガットギターがかけられている。とても古いギターでほこりをかぶっているからしばらく弾いていないのだろう。思わず手に取って弦をはじくと、ナイロン弦独特の深くて暖かい音がした。思いだすのはアドリア海沿いで聴いたミッシェル。暖かいおもてなしへのお礼もかねて、演奏しよう。そう思ってイントロを爪弾くと、ブランコが空き瓶を鳴らしてビートをとってくれた。シルヴァとミラの優しい視線を感じながら最後の弦をはじき終えたとき、満足感と同時に、旅が終わっていくのを感じた。
つづく
Mateo=Rich
ホテルに戻ると、迎えのブランコがもう来ている。玄関の外れにルノーが停まっているからすぐに分かる。ワインをとりに急いで部屋へ上がって、そのまま流れ込むように車に乗り込んだ。ブランコのルノーは、複雑な市街地を迷うことなく進む。さすがにスピードは控えめだけど、ホームグラウンドならではの軽快さがあった。20分ほどで到着。ザグレブ北西部にある住宅地。こちらでは新市街の民家でも、どことなしにクラッシックな雰囲気があってなかなかいい。素敵な笑顔で明るく迎えてくれたのはブランコの母シルヴァと、ガールフレンドのミラだ。二人はとても仲がいい。今日の料理もいっしょに作ったのだという。テーブルにはすでにたくさんの料理が並んでいる。タイミングを失ってはいけないと、ワインを取り出しブランコに渡すと、みなとても喜んでくれた。そしてもう一つ、さっき選んできたオーナメントを取り出して、ワインボトルの首に掛けると、小さくわいた。ブランコが促して、全員がテーブルにつきワインを注ぐ。友人家族と過ごす、クロアチアでの最後の夜が始まった。
会話の中心はミラだった。好奇心旺盛に質問してくる。家族のこと、仕事のこと、将来のこと。そしていつかブランコと結婚して、日本へ遊びに行きたいと言っていた。その時は車で日本中を案内すると約束した。一方でシルヴァは、口数は少ないけど所々で気遣ってくれて、息子のように接してくれた。日本に限らず世界中の男子がマザコン傾向にあるのも無理のない話だ。クロアチアの母にも、元気で長生きしてもらいたいと、心から思った。
食事も一段落して部屋を見渡すと、奥の壁に一本のガットギターがかけられている。とても古いギターでほこりをかぶっているからしばらく弾いていないのだろう。思わず手に取って弦をはじくと、ナイロン弦独特の深くて暖かい音がした。思いだすのはアドリア海沿いで聴いたミッシェル。暖かいおもてなしへのお礼もかねて、演奏しよう。そう思ってイントロを爪弾くと、ブランコが空き瓶を鳴らしてビートをとってくれた。シルヴァとミラの優しい視線を感じながら最後の弦をはじき終えたとき、満足感と同時に、旅が終わっていくのを感じた。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-16
2011.03.16 イストラ半島紀 17:ワインに木製オーナメント(前編)
17 ワインに木製オーナメント(前編)
昨夜の深酒が効いてザグレブでの二日目の朝は遅めのスタート。昨日と同じホテルのレストランで朝食をすませて、横にある広場へ散歩に出た。緑色の制服をきた人たちが数名、芝の手入れをしている。入り口付近では、屋外スケートリンクの設置工事が進められていて、こちらの作業員の人たちは私服のようだ。大型犬と飼い主が広場の外周をゆっくりと散歩していて、こちらの方へ向かってくる。駅の方角に掲げられている巨大なヒュンダイの広告が、こののどかな広場からの眺めに不釣り合いだ。ふと気づけばさっきの大型犬が目の前まで来ているから驚きだ。そんなタイミングでブランコから電話があって、今夜食事に招待してくれるという。こちらもまた驚きだけどとてもうれしい。
ホテルに戻って、コンシェルジュにクロアチアワインについてたずねた。初日の夜に多めのチップを渡してあるからか、この二日間とても親切に対応してくれている。今夜友人の家へ持っていくことを伝えると、レストランで出しているおすすめの一本を、ホテル名入りの綺麗な袋に入れてくれた。これにはとても満足した。こうなってくるとついつい凝りたくなる。気の利いたプレゼントを探そうと、イェラチッチ広場へ向かうことにした。
広場は昨日と特に変わっていない。木製のオーナメントなんかをイメージしながら、そんな物が並んでいそうなお店を探した。少し外れにある可愛らしいお店を見つけて中に入ると、そこは完全にメルヘンだ。クリスマスのイメージにぴったりの木製のおもちゃや、装飾用のパーツなんかがいっぱい並んでいる。お店のレジカウンターの横には小ぶりのツリーがあって、そこにたくさんのオーナメントがディスプレイされている。とても暖かくて優しい感じだ。購入したのは、赤色のツリーをかたどった木製のオーナメント。真ん中がまん丸く切り抜かれていて、その円の中を小さな機関車が走っている。なかなかの自信作だ。ブランコの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
お店を出て、昨日と同じカフェに入った。帰国前に、流行のチョコレートケーキを食べてみたかったから。ザグレブ流のセットを注文して、いよいよ実食。出されたケーキを見て驚いた。とにかくでかい。日本で食べるケーキの倍はあるかもしれない。こうなりゃガッツリ食べてやれとばかりに、ど真中に一発フォークを入れると、中からトローリラズベリーソースがあふれ出してきた。こいつはうまそうだ。味はというと、とてもおいしい。でもやはりちょっと濃厚だ。そして、やはり大きすぎる。もしかしたら、恋人同士、二人で食べるのがザグレブ流なのかもしれないな。
昨夜の深酒が効いてザグレブでの二日目の朝は遅めのスタート。昨日と同じホテルのレストランで朝食をすませて、横にある広場へ散歩に出た。緑色の制服をきた人たちが数名、芝の手入れをしている。入り口付近では、屋外スケートリンクの設置工事が進められていて、こちらの作業員の人たちは私服のようだ。大型犬と飼い主が広場の外周をゆっくりと散歩していて、こちらの方へ向かってくる。駅の方角に掲げられている巨大なヒュンダイの広告が、こののどかな広場からの眺めに不釣り合いだ。ふと気づけばさっきの大型犬が目の前まで来ているから驚きだ。そんなタイミングでブランコから電話があって、今夜食事に招待してくれるという。こちらもまた驚きだけどとてもうれしい。
ホテルに戻って、コンシェルジュにクロアチアワインについてたずねた。初日の夜に多めのチップを渡してあるからか、この二日間とても親切に対応してくれている。今夜友人の家へ持っていくことを伝えると、レストランで出しているおすすめの一本を、ホテル名入りの綺麗な袋に入れてくれた。これにはとても満足した。こうなってくるとついつい凝りたくなる。気の利いたプレゼントを探そうと、イェラチッチ広場へ向かうことにした。
広場は昨日と特に変わっていない。木製のオーナメントなんかをイメージしながら、そんな物が並んでいそうなお店を探した。少し外れにある可愛らしいお店を見つけて中に入ると、そこは完全にメルヘンだ。クリスマスのイメージにぴったりの木製のおもちゃや、装飾用のパーツなんかがいっぱい並んでいる。お店のレジカウンターの横には小ぶりのツリーがあって、そこにたくさんのオーナメントがディスプレイされている。とても暖かくて優しい感じだ。購入したのは、赤色のツリーをかたどった木製のオーナメント。真ん中がまん丸く切り抜かれていて、その円の中を小さな機関車が走っている。なかなかの自信作だ。ブランコの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
お店を出て、昨日と同じカフェに入った。帰国前に、流行のチョコレートケーキを食べてみたかったから。ザグレブ流のセットを注文して、いよいよ実食。出されたケーキを見て驚いた。とにかくでかい。日本で食べるケーキの倍はあるかもしれない。こうなりゃガッツリ食べてやれとばかりに、ど真中に一発フォークを入れると、中からトローリラズベリーソースがあふれ出してきた。こいつはうまそうだ。味はというと、とてもおいしい。でもやはりちょっと濃厚だ。そして、やはり大きすぎる。もしかしたら、恋人同士、二人で食べるのがザグレブ流なのかもしれないな。
2011-03-15
2011.03.15 イストラ半島紀 16:Japanese in zagreb
16 Japanese in zagreb
イェラチッチ広場の夜は、クリスマス装飾でとてもきれい。夕方くらいから少しずつ露店が開店の準備を始めている。その多くはツリーの装飾品のお店のようだ。南側から広場に向かって延びる通りには、何のメッセージかはわからないけど、ハートのバルーンが一定の間隔で飾られている。色は赤のみ。クリスマスというよりはバレンタインを連想させる。そのハート通りのちょうど中間あたりにあるカフェでザグレブ在住の日本人と待ち合わせをしている。土方大輔32歳。ザグレブ在住のフリーライターだ。友人の紹介でメールとフェイスブックでの交流はしていたから、写真では見たことがあるけれど、会うのは今回が初めてだ。どんな感じの人だろうか。少し早めに到着して待っていると、約束の時刻ぴったりに土方はやってきた。少したれ目でとても優しい印象。身長は高く、184cmあるらしい。決して口数は多くないが、その表情からは、人の良さがにじみ出ている。この人となら仲よくなれるかもしれない。
土方に連れられてやってきたのは、小さめのクラブカフェ。映画を映すという中型モニター、バンド演奏用と思われるひな壇、DJブースなどがあって興味深い。人気メニューだというホットチョコレートを頼んで、店内を物色しようと歩きまわった。壁に掛けられたレコードは、ジャズ、ソウル系が多いようだ。置かれているフライヤーは、実に幅広いジャンルのパーティのものが混在している。このカフェの隣には、同系列が経営するクラブがあって、そこで開催されるパーティの年間スケジュールのようなものが、3ページほどの冊子にまとめられている。今夜はヒップホップのDJが集まっているようだ。あまり好みではないけど後でのぞいてみたい。今いるカフェでも、ジャズ系の年輩バンドが準備を始めている。土方と過ごす長い夜。カウンターの中央に陣取って、いろんな楽しみが詰まっていそうでわくわくする。
そういえば、スプリットでブランコ達と過ごした夜以来、ゆっくりお酒を飲んでいない。土方の勧めで注文した一杯目のお酒は、グリューワイン。日本でもよく見かけるホットワインの類で、香辛料なんかと合わせて作るのがこちらでは主流のようだ。色は赤。このお店では、シナモンを加えているそうで、独特の後味がある。赤ワインの程よい酸味と渋みは、まったくというほど残っていないから、ワインのつもりで飲むと物足りない。ワイングラスではなく、紅茶を飲むときに使うようなカップを傾けながら、なんとなく、今日までの旅の思い出をはなしてみた。永遠に続いたアドリア海沿いの道のこと、スプリットで飲んだラキアのこと、過去の内戦の激戦地で見た景色のこと。土方は特にコメントすることなく、ただうなずきながら、空のカップを指差して次の酒を促した。赤ワインを一杯ずつ注文して、小さく乾杯、一口味わう。一呼吸おいて、今度は土方が口を開く。3年前にザグレブに来て、日本の出版社の仕事で旧ユーゴ諸国を中心に取材とライティング業務を請け負っていること、もともとは写真家志望だったこと、ザグレブ市内の狭いアパートで、バジルなどのハーブを育てるのが趣味であること、そして育てたハーブをラキアと合わせて飲んだことがあり、渋すぎて飲めなかったことなど。そして意外だったのは、日本へ帰ろうと思っていることだった。ザグレブでのライティング活動は、日本の出版社や旅行社などからの仕事は絶えないけれど、日本人向けである分、狭く浅い内容ばかりで、本来目指している表現活動とは程遠いのだという。今度はこちらが、特にコメントすることなく、ただうなずいて聞いていた。それにしても見た目に反してダイナミックな人だと思った。単身ザグレブへ移り住んで、嫌になったら帰国して新たに夢を追う。なんだか少しずつ、土方という男の魅力に引き込まれていくのを感じた。ちょうど話が途切れたその時、マイルドで心地よいジャズ演奏が始まった。今日の一曲目は、セントトーマス。目を閉じれば、そこにソニーロリンズがいるようだ。
いつからかお酒はもっぱらウィスキィ・ロックゾーンに突入している。何杯目かが定かでない、いつものパターンに陥っている。聴こえてくるジャズは何曲目だろうか。ボビー・ヘブのサニー。どことなくものがなしいメロディーラインが、人生を語る二人の日本人にはとても心地よく響いた。演奏が終わると、小さく拍手がまばらに起こり、まだ鳴りやまないうちに二人は店を出た。
イェラチッチ広場へ続く通りには、例の赤いハートが並んでいる。それを追って広場に出ると、夕方はまばらだった露店が、はるか向こうまでつづいていた。赤と緑の電飾が控えめに、少し冷えるザグレブの夜を彩っている。北側の建物の上には、聖母被昇天大聖堂の塔の先端が突き出ている。そんな光景を眺めながら、建物の壁にもたれながら、そろそろ故郷へ帰ろうか、そんな気持ちになっていた。もしかしたら、土方も、同じ気持ちだったかもしれないな。
つづく
Mateo=Rich
イェラチッチ広場の夜は、クリスマス装飾でとてもきれい。夕方くらいから少しずつ露店が開店の準備を始めている。その多くはツリーの装飾品のお店のようだ。南側から広場に向かって延びる通りには、何のメッセージかはわからないけど、ハートのバルーンが一定の間隔で飾られている。色は赤のみ。クリスマスというよりはバレンタインを連想させる。そのハート通りのちょうど中間あたりにあるカフェでザグレブ在住の日本人と待ち合わせをしている。土方大輔32歳。ザグレブ在住のフリーライターだ。友人の紹介でメールとフェイスブックでの交流はしていたから、写真では見たことがあるけれど、会うのは今回が初めてだ。どんな感じの人だろうか。少し早めに到着して待っていると、約束の時刻ぴったりに土方はやってきた。少したれ目でとても優しい印象。身長は高く、184cmあるらしい。決して口数は多くないが、その表情からは、人の良さがにじみ出ている。この人となら仲よくなれるかもしれない。
土方に連れられてやってきたのは、小さめのクラブカフェ。映画を映すという中型モニター、バンド演奏用と思われるひな壇、DJブースなどがあって興味深い。人気メニューだというホットチョコレートを頼んで、店内を物色しようと歩きまわった。壁に掛けられたレコードは、ジャズ、ソウル系が多いようだ。置かれているフライヤーは、実に幅広いジャンルのパーティのものが混在している。このカフェの隣には、同系列が経営するクラブがあって、そこで開催されるパーティの年間スケジュールのようなものが、3ページほどの冊子にまとめられている。今夜はヒップホップのDJが集まっているようだ。あまり好みではないけど後でのぞいてみたい。今いるカフェでも、ジャズ系の年輩バンドが準備を始めている。土方と過ごす長い夜。カウンターの中央に陣取って、いろんな楽しみが詰まっていそうでわくわくする。
そういえば、スプリットでブランコ達と過ごした夜以来、ゆっくりお酒を飲んでいない。土方の勧めで注文した一杯目のお酒は、グリューワイン。日本でもよく見かけるホットワインの類で、香辛料なんかと合わせて作るのがこちらでは主流のようだ。色は赤。このお店では、シナモンを加えているそうで、独特の後味がある。赤ワインの程よい酸味と渋みは、まったくというほど残っていないから、ワインのつもりで飲むと物足りない。ワイングラスではなく、紅茶を飲むときに使うようなカップを傾けながら、なんとなく、今日までの旅の思い出をはなしてみた。永遠に続いたアドリア海沿いの道のこと、スプリットで飲んだラキアのこと、過去の内戦の激戦地で見た景色のこと。土方は特にコメントすることなく、ただうなずきながら、空のカップを指差して次の酒を促した。赤ワインを一杯ずつ注文して、小さく乾杯、一口味わう。一呼吸おいて、今度は土方が口を開く。3年前にザグレブに来て、日本の出版社の仕事で旧ユーゴ諸国を中心に取材とライティング業務を請け負っていること、もともとは写真家志望だったこと、ザグレブ市内の狭いアパートで、バジルなどのハーブを育てるのが趣味であること、そして育てたハーブをラキアと合わせて飲んだことがあり、渋すぎて飲めなかったことなど。そして意外だったのは、日本へ帰ろうと思っていることだった。ザグレブでのライティング活動は、日本の出版社や旅行社などからの仕事は絶えないけれど、日本人向けである分、狭く浅い内容ばかりで、本来目指している表現活動とは程遠いのだという。今度はこちらが、特にコメントすることなく、ただうなずいて聞いていた。それにしても見た目に反してダイナミックな人だと思った。単身ザグレブへ移り住んで、嫌になったら帰国して新たに夢を追う。なんだか少しずつ、土方という男の魅力に引き込まれていくのを感じた。ちょうど話が途切れたその時、マイルドで心地よいジャズ演奏が始まった。今日の一曲目は、セントトーマス。目を閉じれば、そこにソニーロリンズがいるようだ。
いつからかお酒はもっぱらウィスキィ・ロックゾーンに突入している。何杯目かが定かでない、いつものパターンに陥っている。聴こえてくるジャズは何曲目だろうか。ボビー・ヘブのサニー。どことなくものがなしいメロディーラインが、人生を語る二人の日本人にはとても心地よく響いた。演奏が終わると、小さく拍手がまばらに起こり、まだ鳴りやまないうちに二人は店を出た。
イェラチッチ広場へ続く通りには、例の赤いハートが並んでいる。それを追って広場に出ると、夕方はまばらだった露店が、はるか向こうまでつづいていた。赤と緑の電飾が控えめに、少し冷えるザグレブの夜を彩っている。北側の建物の上には、聖母被昇天大聖堂の塔の先端が突き出ている。そんな光景を眺めながら、建物の壁にもたれながら、そろそろ故郷へ帰ろうか、そんな気持ちになっていた。もしかしたら、土方も、同じ気持ちだったかもしれないな。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-12
2011.02.12 イストラ半島紀 15:新市街にある中世
15 新市街にある中世
時間がたつのは早いもので、ふらふらしているうちに薄暗くなってきた。例の日本人ライターに会うまでは、まだ少し時間がある。そう思って広場真ん中から、レコードショップの方を振り返ると、建物の上、天に向かってそびえる二つの塔に気づいた。ホテルからも遠くに見えていた聖母被昇天大聖堂の塔だ。明るいうちは気づかなかったけど、この時間、この位置から見上げる大聖堂は、一度目に入れたら無視できない何かがある。その何かに引き寄せられるように大聖堂へ向かうことにした。広場から建物群ワンブロックを回り込んでいくと、緩やかな斜面が大聖堂正面に続いている。わざと上を見ないようにして、正面までたどり着くと、せーの、とばかりに上空を見上げた。こいつはすごい。なんという高さだろうか。体を反り返らせなくては先端が見えないのではないかと思うほどだ。高さに加えて、先端に至るまで妥協なく施された細かい装飾が強烈なオーラを作り出している。しばらく口が開いていたと思う。我に返ったのはその直後。性別がはっきりしない薄汚い恰好の人が何かを言っている。英語ではなさそうだ。よく見ると片手の肘の先がない。詳しい事情は分からないけど、言っている内容は想像がつく。そう思って回りを見ると、同じ目的と思われる人たちが何人もいた。集まってきたのか、気づかなかったのか。普段日本ではあまり目にしない光景だけに、ちょっと動揺したけど、大聖堂の前で観光客に、いったいどうしろというのか。今度はわざと上を見上げながら、大きなアーチの門をくぐっていった。
心的世界であった中世のヨーロッパ。近代へ向かう流れの中で、多くのものが変わっていったのは確かだけど、信仰心が、現代になっても人々の拠り所となっているのがよくわかる。しっとりと静かで、心を落ち着かせて、ゆっくり自分と向き合えるような空気が流れている。空いている席に座って、目を閉じてみると、邪念が消え、肩の力が抜けていくのがわかった。なるほど、こういう場所だったのか。教典よりも大切なことは、こうして邪念を捨てて、自分と向き合うことかもしれない。そういう空気が流れる場所であるなら、無信仰に近い自分のような人間にとっても、通ってみる価値があるかもしれないと思った。
はるか上の天井アーチ。繊細なステンドグラスの穏やかなあかり。ちょっと控えめに後ろよりの席に座って。この旅の締めくくりを考え始めていた。
つづく
Mateo=Rich
時間がたつのは早いもので、ふらふらしているうちに薄暗くなってきた。例の日本人ライターに会うまでは、まだ少し時間がある。そう思って広場真ん中から、レコードショップの方を振り返ると、建物の上、天に向かってそびえる二つの塔に気づいた。ホテルからも遠くに見えていた聖母被昇天大聖堂の塔だ。明るいうちは気づかなかったけど、この時間、この位置から見上げる大聖堂は、一度目に入れたら無視できない何かがある。その何かに引き寄せられるように大聖堂へ向かうことにした。広場から建物群ワンブロックを回り込んでいくと、緩やかな斜面が大聖堂正面に続いている。わざと上を見ないようにして、正面までたどり着くと、せーの、とばかりに上空を見上げた。こいつはすごい。なんという高さだろうか。体を反り返らせなくては先端が見えないのではないかと思うほどだ。高さに加えて、先端に至るまで妥協なく施された細かい装飾が強烈なオーラを作り出している。しばらく口が開いていたと思う。我に返ったのはその直後。性別がはっきりしない薄汚い恰好の人が何かを言っている。英語ではなさそうだ。よく見ると片手の肘の先がない。詳しい事情は分からないけど、言っている内容は想像がつく。そう思って回りを見ると、同じ目的と思われる人たちが何人もいた。集まってきたのか、気づかなかったのか。普段日本ではあまり目にしない光景だけに、ちょっと動揺したけど、大聖堂の前で観光客に、いったいどうしろというのか。今度はわざと上を見上げながら、大きなアーチの門をくぐっていった。
心的世界であった中世のヨーロッパ。近代へ向かう流れの中で、多くのものが変わっていったのは確かだけど、信仰心が、現代になっても人々の拠り所となっているのがよくわかる。しっとりと静かで、心を落ち着かせて、ゆっくり自分と向き合えるような空気が流れている。空いている席に座って、目を閉じてみると、邪念が消え、肩の力が抜けていくのがわかった。なるほど、こういう場所だったのか。教典よりも大切なことは、こうして邪念を捨てて、自分と向き合うことかもしれない。そういう空気が流れる場所であるなら、無信仰に近い自分のような人間にとっても、通ってみる価値があるかもしれないと思った。
はるか上の天井アーチ。繊細なステンドグラスの穏やかなあかり。ちょっと控えめに後ろよりの席に座って。この旅の締めくくりを考え始めていた。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-08
2011.03.08 イストラ半島紀 14:ザグレブ
14 ザグレブ
ホテル上層階からの窓の眺めは美しい。小さな公園を挟んで広場が見える。その向こうにはザグレブの中央駅があるから人通りが多い。青色の路面電車が印象的だ。駅から続く人の流れは、そのほとんどが北へ向かっている。その方角には国の主要官庁が集まるゾーンがある。首都と言っても東京のように高層ビルが立ち並んではいないから、この高さから眺めれば、意外と広い範囲が見渡せる。この町で今日から二日間、どんな出会いが待っているのか。上がり気味の程よいテンションで朝風呂に向かうと、バスルームは広くて綺麗。なかなかいいホテルだ。一つくらいは贅沢をしようと事前に取っておいた唯一のホテルだったから、期待通りでとてもうれしい。こうなってくると朝食も楽しみだ。昨日の到着が遅かったから、レストランはまだみていないけど、きっといい感じだろう。
アールデコ調のインテリアをそろえたクラシックスタイル。建物自体がそうだから当然と言えば当然だけど、このホテルは全身でもって古典を表現している。オリエントエクスプレスの全盛期に開業し、一部の修復はしたものの、当時のままらしい。流行と廃りの大きな流れに翻弄されない強い意志が、今ではこのホテルをまとう強烈なオーラになっている。安宿もそこでしか味わえない何かがあるけれど、やっぱりこういう贅沢も一つくらいはいいものだ。ゆったりと遅めの朝食を楽しんだら、今日は町へ繰り出す予定でいる。午後からは、現地在住の日本人ライターと落ち合うことになっている。ザグレブの夜にも精通しているらしいから、とても楽しみだ。
ザグレブ中央駅から北へ向かう道沿いには、のどかな公園が続いている。公園の北の端までくると、その先は新市街。有名なイェラチッチ広場(共和国広場)や、聖母被昇天大聖堂もこのゾーンにある。広場の第一印象は、どことなしに殺風景。路面電車のレールが妙に無機質に映る。ふらふらしていると、興味深いお店がたくさんある。大型店舗はあまりなく、こぢんまりした個性的なお店が多い。ショッピングは特別趣味ではないけど、こんな町なら楽しめるかもしれない。現在に面白味が詰まっている、ザグレブはそんな町かもしれない。ちょっと足が疲れてきたから、カフェで少し休憩しよう。この辺りは、大小カフェがたくさんある。
たっぷりクリームが入った濃厚なコーヒーと、ラズベリーソースの入ったチョコレートケーキ。多くのカフェでそんなメニューを見かける。昨日の車内でのブランコのはなしでは、その組み合わせはブランコ流だといっていたけど、どうやら地元ザグレブっ子達の流行のようで、いうならば、ザグレブ流だ。ちょっと日本人には濃厚すぎるかもしれないけど、ガラスのウィンドウケースは、色とりどり、とても綺麗でおいしそう。さすがにスイーツまでは食べられないから、ザグレブ流の濃厚コーヒーだけを味わうと、もう気分はザグレブっ子。あまりにも単純な自分をおかしく思いながらも、とっても気持ちがよくなった。こうなったらもう、旧市街になんかいくもんか。
レザー製品、クラシックスタイルのメガネ、画材、アクセサリー、本、絵画、靴、たくさんの専門店を渡り歩いて、最後にやってきたのがレコードショップ。都会のショップだから豊富なラインナップで迎えられると思っていたのに、並んでいたほとんどは定番中の定番ばかり。最前列にビートルズ連発、ちょっと下がってクラプトン、ストーンズ、日本の感覚でいうと古めのラインナップが中心だ。貼られているポスターなんかも、どれも若々しさがないのは気のせいだろうか。
つづく
Mateo=Rich
ホテル上層階からの窓の眺めは美しい。小さな公園を挟んで広場が見える。その向こうにはザグレブの中央駅があるから人通りが多い。青色の路面電車が印象的だ。駅から続く人の流れは、そのほとんどが北へ向かっている。その方角には国の主要官庁が集まるゾーンがある。首都と言っても東京のように高層ビルが立ち並んではいないから、この高さから眺めれば、意外と広い範囲が見渡せる。この町で今日から二日間、どんな出会いが待っているのか。上がり気味の程よいテンションで朝風呂に向かうと、バスルームは広くて綺麗。なかなかいいホテルだ。一つくらいは贅沢をしようと事前に取っておいた唯一のホテルだったから、期待通りでとてもうれしい。こうなってくると朝食も楽しみだ。昨日の到着が遅かったから、レストランはまだみていないけど、きっといい感じだろう。
アールデコ調のインテリアをそろえたクラシックスタイル。建物自体がそうだから当然と言えば当然だけど、このホテルは全身でもって古典を表現している。オリエントエクスプレスの全盛期に開業し、一部の修復はしたものの、当時のままらしい。流行と廃りの大きな流れに翻弄されない強い意志が、今ではこのホテルをまとう強烈なオーラになっている。安宿もそこでしか味わえない何かがあるけれど、やっぱりこういう贅沢も一つくらいはいいものだ。ゆったりと遅めの朝食を楽しんだら、今日は町へ繰り出す予定でいる。午後からは、現地在住の日本人ライターと落ち合うことになっている。ザグレブの夜にも精通しているらしいから、とても楽しみだ。
ザグレブ中央駅から北へ向かう道沿いには、のどかな公園が続いている。公園の北の端までくると、その先は新市街。有名なイェラチッチ広場(共和国広場)や、聖母被昇天大聖堂もこのゾーンにある。広場の第一印象は、どことなしに殺風景。路面電車のレールが妙に無機質に映る。ふらふらしていると、興味深いお店がたくさんある。大型店舗はあまりなく、こぢんまりした個性的なお店が多い。ショッピングは特別趣味ではないけど、こんな町なら楽しめるかもしれない。現在に面白味が詰まっている、ザグレブはそんな町かもしれない。ちょっと足が疲れてきたから、カフェで少し休憩しよう。この辺りは、大小カフェがたくさんある。
たっぷりクリームが入った濃厚なコーヒーと、ラズベリーソースの入ったチョコレートケーキ。多くのカフェでそんなメニューを見かける。昨日の車内でのブランコのはなしでは、その組み合わせはブランコ流だといっていたけど、どうやら地元ザグレブっ子達の流行のようで、いうならば、ザグレブ流だ。ちょっと日本人には濃厚すぎるかもしれないけど、ガラスのウィンドウケースは、色とりどり、とても綺麗でおいしそう。さすがにスイーツまでは食べられないから、ザグレブ流の濃厚コーヒーだけを味わうと、もう気分はザグレブっ子。あまりにも単純な自分をおかしく思いながらも、とっても気持ちがよくなった。こうなったらもう、旧市街になんかいくもんか。
レザー製品、クラシックスタイルのメガネ、画材、アクセサリー、本、絵画、靴、たくさんの専門店を渡り歩いて、最後にやってきたのがレコードショップ。都会のショップだから豊富なラインナップで迎えられると思っていたのに、並んでいたほとんどは定番中の定番ばかり。最前列にビートルズ連発、ちょっと下がってクラプトン、ストーンズ、日本の感覚でいうと古めのラインナップが中心だ。貼られているポスターなんかも、どれも若々しさがないのは気のせいだろうか。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-06
2011.03.05 イストラ半島紀 13:ロングラン
12ロングラン
ルノーは、ネレトバ川を下っている。首都ザグレブを目指すには、アドリア海へ出るまではもと来た道を戻り、そこからは、海岸沿いを最寄りのインターチェンジまで北上することになる。この旅一番のロングラン。すでに陽は傾き午後三時を回ったところ。はたしてどれくらいかかるだろうか。ブランコはというと、例の大きめのサングラスに半笑いの表情、放つオーラは冷静沈着、すごい自信だ。気のせいかいつにも増して快走を見せるルノー。なんだか懐かしい感覚、ブレッドからオパティアを目指した時も、アドリア海へ突き抜けんばかりの勢いがあったことを思い出す。あの時はまだ案内人と旅行者の間柄でしかなかった二人も、いつの間にか、噛み終えたガムを受け取って紙で包んで捨ててあげるほどの仲だ。まだ出会って数日しかたっていないのに、もうずいぶん長い時間を共にしているように感じる。いまや車内の沈黙にも、気まずさはともなわない。大陸にしては源流から河口までの距離が短いネレトバ川だから、さっきまであんなに深い谷底を流れていたのに、少し進むだけで水面はすぐそこ、アドリア海が近づいているのがわかる。こんな風に、少しずつザグレブへ近づいていることを実感するたびに、この旅のカウントダウンが始まっているようで、うれし悲しい、複雑な気持ちになる。そんな風に一人で車窓に思いを馳せていた。
それにしても、モスタルを出てかれこれ一時間半以上はたつというのに、いったいいつになったら海に出るのだろうか。そう思って、今度は注意深く外の景色を観察してみると、なんだか行きとは違う道を走っているような気になってくる。ルート変更があったのだろうか。意外とブランコは気まぐれなところがあるから。ヨーロッパへ到着した初日の宿も、スロベニアのホテルに泊まる予定だったのに、翌朝気づいたらまだオーストリアにいたことがあったしなあ・・・。そんなことを思い出している間に見えてきた道路標識には、この先スプリット、ザグレブとある。なるほど、これはすでに北上を始めている。いつの間にかのコース変更だ。臨機応変に最短コースを選んでいく、さすがはクロアチアン・シューマッハだと言ってやった。こちらに向かって右手の親指を立て、この旅最高の笑顔で応えるブランコを見て、本当にいい奴だ、と思った。オーケイ、ブランコ。アウトバーンはすぐそこだ。一気に都へ乗り込もう。
クロアチアに制限速度はあるのだろうか。この旅一番の猛スピードで、他の車を圧倒している。山地を抜けて、左手にはアドリア海が見えかれしている。はるか遠くに見える大きな町の明かりは、スプリットの町だ。ずいぶんと早い。最寄りのSAで最初のピットストップ。ガスリンスタンドとコンビニエンスストアが一つになったお馴染みのスタイル。キリット冷えたレッドブルと現地調達の煙草、肌寒いSAで国籍の違う男が二人。少し照れながら、プライベートを語り始めたのはブランコだ。明日はガールフレンドと地元ザグレブでの週末を楽しみたいらしい。よくある話なのに、なんだか胸が熱くなった。感情を高ぶらせる雰囲気が、夜のSAにあるのは確かだけど、友人として受け入れられた気がしてうれしかった。明日から二日間はブランコとは別行動になる。三日後の昼には帰国の途に就く。ザグレブ郊外の空港まで車で送ってくれる予定だ。そう思うとブランコと過ごす時間もあとわずか。ますます胸が熱くなる。
現在地はスプリットから北へ二十キロほどの地点。ちょうど中間くらいだろうか。このペースなら今日中には到着できそうだ。まだ見ぬ都ザグレブの町並み。クリスマスモードの広場に待つ、友人ブランコの恋人の姿が目に浮かぶ。
つづく
Mateo=Rich
ルノーは、ネレトバ川を下っている。首都ザグレブを目指すには、アドリア海へ出るまではもと来た道を戻り、そこからは、海岸沿いを最寄りのインターチェンジまで北上することになる。この旅一番のロングラン。すでに陽は傾き午後三時を回ったところ。はたしてどれくらいかかるだろうか。ブランコはというと、例の大きめのサングラスに半笑いの表情、放つオーラは冷静沈着、すごい自信だ。気のせいかいつにも増して快走を見せるルノー。なんだか懐かしい感覚、ブレッドからオパティアを目指した時も、アドリア海へ突き抜けんばかりの勢いがあったことを思い出す。あの時はまだ案内人と旅行者の間柄でしかなかった二人も、いつの間にか、噛み終えたガムを受け取って紙で包んで捨ててあげるほどの仲だ。まだ出会って数日しかたっていないのに、もうずいぶん長い時間を共にしているように感じる。いまや車内の沈黙にも、気まずさはともなわない。大陸にしては源流から河口までの距離が短いネレトバ川だから、さっきまであんなに深い谷底を流れていたのに、少し進むだけで水面はすぐそこ、アドリア海が近づいているのがわかる。こんな風に、少しずつザグレブへ近づいていることを実感するたびに、この旅のカウントダウンが始まっているようで、うれし悲しい、複雑な気持ちになる。そんな風に一人で車窓に思いを馳せていた。
それにしても、モスタルを出てかれこれ一時間半以上はたつというのに、いったいいつになったら海に出るのだろうか。そう思って、今度は注意深く外の景色を観察してみると、なんだか行きとは違う道を走っているような気になってくる。ルート変更があったのだろうか。意外とブランコは気まぐれなところがあるから。ヨーロッパへ到着した初日の宿も、スロベニアのホテルに泊まる予定だったのに、翌朝気づいたらまだオーストリアにいたことがあったしなあ・・・。そんなことを思い出している間に見えてきた道路標識には、この先スプリット、ザグレブとある。なるほど、これはすでに北上を始めている。いつの間にかのコース変更だ。臨機応変に最短コースを選んでいく、さすがはクロアチアン・シューマッハだと言ってやった。こちらに向かって右手の親指を立て、この旅最高の笑顔で応えるブランコを見て、本当にいい奴だ、と思った。オーケイ、ブランコ。アウトバーンはすぐそこだ。一気に都へ乗り込もう。
クロアチアに制限速度はあるのだろうか。この旅一番の猛スピードで、他の車を圧倒している。山地を抜けて、左手にはアドリア海が見えかれしている。はるか遠くに見える大きな町の明かりは、スプリットの町だ。ずいぶんと早い。最寄りのSAで最初のピットストップ。ガスリンスタンドとコンビニエンスストアが一つになったお馴染みのスタイル。キリット冷えたレッドブルと現地調達の煙草、肌寒いSAで国籍の違う男が二人。少し照れながら、プライベートを語り始めたのはブランコだ。明日はガールフレンドと地元ザグレブでの週末を楽しみたいらしい。よくある話なのに、なんだか胸が熱くなった。感情を高ぶらせる雰囲気が、夜のSAにあるのは確かだけど、友人として受け入れられた気がしてうれしかった。明日から二日間はブランコとは別行動になる。三日後の昼には帰国の途に就く。ザグレブ郊外の空港まで車で送ってくれる予定だ。そう思うとブランコと過ごす時間もあとわずか。ますます胸が熱くなる。
現在地はスプリットから北へ二十キロほどの地点。ちょうど中間くらいだろうか。このペースなら今日中には到着できそうだ。まだ見ぬ都ザグレブの町並み。クリスマスモードの広場に待つ、友人ブランコの恋人の姿が目に浮かぶ。
つづく
Mateo=Rich
2011-03-02
2011.03.02 イストラ半島紀 12:偏見の雲晴れて
12偏見の雲晴れて
モスタル旧市街を出て市街地を抜ける道路を進むと、内戦の爪痕をはっきりとみることができる。上階がくずれ壁には無数の穴が開いている。その下で営業を続けているカフェなんかがいくつもある。町全体がそうではなくて、きれいに修復されているものもあるし、修復されているけれど、銃弾跡がはっきりわかるものもある。パターンはいろいろ。中には完全な廃墟のまま残されているものもあって、そんな廃墟の前には、崩れる危険を知らせるサインが必ず設置されている。正面から建物の屋根を突き抜けて空が見える。屋根がここまで破壊されているということは、銃弾ではなく砲弾によるものだろうか。それともう一つ、街中に忽然と現れるのは多くの墓地。どれも比較的新しい。理由は言うまでもない。
これだけのものが詰まった町だから、ついそういうものだけに目を奪われそうになる。しかし一歩離れて眺めれば、ここにも他と何も変わらない日常がちゃんと進行している。新市街を歩けば、楽しそうな若者グループとすれ違う。かつての自分と変わらず底抜けに明るい。今にも崩れそうな廃墟の下で、猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。こちらも日本で見るそれと何も変わらない。土産物屋にいたっては、内戦で実際に使われた武器やら軍服なんかが、戦争グッズとして売られている。なるほど、メディアを通して過去の内戦に関してだけ必要以上に情報を得ている自分は、実に偏った見方をしていたかもしれない。自分の目で見ない、肌で感じない、他人まかせの抜粋された情報から作り上げたイメージ、そこから生まれるものは、せいぜい中途半端な同情心くらいのものだ。現地を歩いてみて、そんな見方ができるようになってきた。
悲しい歴史を忘れることはないとしても、過去ではなく、今と今後、そっちの方を向いて現在が進行している。考えてみたら当然のことかもしれないな。
十一月の冷ややかな風が、ザグレブの方へ吹き抜ける。さあ、そろそろ都を目指そうか。
つづく
Mateo=Rich
モスタル旧市街を出て市街地を抜ける道路を進むと、内戦の爪痕をはっきりとみることができる。上階がくずれ壁には無数の穴が開いている。その下で営業を続けているカフェなんかがいくつもある。町全体がそうではなくて、きれいに修復されているものもあるし、修復されているけれど、銃弾跡がはっきりわかるものもある。パターンはいろいろ。中には完全な廃墟のまま残されているものもあって、そんな廃墟の前には、崩れる危険を知らせるサインが必ず設置されている。正面から建物の屋根を突き抜けて空が見える。屋根がここまで破壊されているということは、銃弾ではなく砲弾によるものだろうか。それともう一つ、街中に忽然と現れるのは多くの墓地。どれも比較的新しい。理由は言うまでもない。
これだけのものが詰まった町だから、ついそういうものだけに目を奪われそうになる。しかし一歩離れて眺めれば、ここにも他と何も変わらない日常がちゃんと進行している。新市街を歩けば、楽しそうな若者グループとすれ違う。かつての自分と変わらず底抜けに明るい。今にも崩れそうな廃墟の下で、猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。こちらも日本で見るそれと何も変わらない。土産物屋にいたっては、内戦で実際に使われた武器やら軍服なんかが、戦争グッズとして売られている。なるほど、メディアを通して過去の内戦に関してだけ必要以上に情報を得ている自分は、実に偏った見方をしていたかもしれない。自分の目で見ない、肌で感じない、他人まかせの抜粋された情報から作り上げたイメージ、そこから生まれるものは、せいぜい中途半端な同情心くらいのものだ。現地を歩いてみて、そんな見方ができるようになってきた。
悲しい歴史を忘れることはないとしても、過去ではなく、今と今後、そっちの方を向いて現在が進行している。考えてみたら当然のことかもしれないな。
十一月の冷ややかな風が、ザグレブの方へ吹き抜ける。さあ、そろそろ都を目指そうか。
つづく
Mateo=Rich
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